手焼き煎餅の密室

こちらも8月末発売を見落としていた一冊。


今年の新刊は今年のうちに。

手焼き煎餅の密室 (創元推理文庫)

手焼き煎餅の密室 (創元推理文庫)

谷原秋桜子の「美波の事件簿」シリーズ番外編。


ミステリファンにはご存知。TRPGファンにも、少しだけ関係がある話。
そもそも谷原秋桜子と、そのデビュー作であるこの「美波の事件簿」シリーズは、そもそも富士見ミステリー文庫作品だったが、同文庫がフツーのライトノベルへ方向転換したため、闇に埋もれてしまっていたのを、近年、創元推理文庫が復刻、シリーズ再開したもの。
角川/富士見が手放した、惜しむべき才能の一つ。
まぁ、富士見と新本格系ミステリ作家の組み合わせはおかしかったのかもしれないけどね(苦笑)。


「旧体育館の幽霊」「手焼き煎餅の密室」「回る寿司」「熊の面、翁の面」の四作に、エピローグというかブリッジというかの掌編「そして、もう一人」を加えた五編が収録。
それぞれは、修矢と美波がそれぞれ主役となり、今回ばかりは殺人とかではないちょっとした犯罪を取り扱っている。
本書は、シリーズの開始前。
美波の中学生時代、修矢の高校生時代を舞台としている。
この頃の修矢はまだ探偵の才能を見せていない。*1
探偵役を務めるのは、この時期はまだ故人になっていない「水島のじいちゃん」。
この「水島のじいちゃん」こそが、後の、修矢の名探偵ぶりの師匠であったことが良くわかる。


それぞれの作品は、本当に小さな犯罪を取り扱っている。
窃盗だったり、横領だったり、恐喝だったり。
しかし、バラバラに見えるそれらが最終的に、一つのところへまとまっていく状況は、本書を一作のミステリとして評価するに値するものにしている。
とは言え、自分は第一話の台詞に、美波のように騙されなかったので、全体のつながりは最初から見えてましたが。
だが、そこを描ききっている巧みさが、谷原秋桜子にはちゃんとある。
スタンスは加納朋子に近いんだけど、加納朋子の場合は、題材は「ちょっと不思議なこと」であって「犯罪」ですらないことが多いのが、魅力なんですが。本書はフツーに「犯罪」が扱われているので、ミステリらしい作品になってます。


そして。
シリーズ時系列の最新作「砂の城の殺人」では、このシリーズのステージ・セッティングの屋台骨。美波の父親の件で急展開があったから、読者は本当に続編を心待ちにしている。
本当に楽しみだ。

*1:美波はトラブルに巻き込まれる才能を見せ始めているけど(笑)。