リボーン・リバース(1)

えー……。
妖魔夜行百鬼夜翔に続く、SNEのシェアード・ワールド・ノベル第三弾。
妖魔→百鬼は続編でしたが、今回は独立したお話。
「リボーン・リバース ゴースト・コンタクト」、この前にシェアード・ワールド・ノベルズ、とか付けると確かにわずらわしい(笑)。

[bk1はこちら]
阪神大震災の後、世界樹が空を覆い(でも霊感のない人には見えない)、ユウレイがうろつくようになった街、神戸。
そこを舞台に、自分に憑依したユウレイを「魂の技芸(ソウル・アート)」で操る「操霊者(アーティスト)」のお話。
妖魔:妖怪が主人公。
百鬼:妖怪もいるけど、妖怪の力を使う人間もいる。
リボリバ:ユウレイ使いの人間が主人公。
と、どうやら妖魔で妖怪を描くのがタイヘンだった様子。いや、たいへん妖怪らしからぬ方々がたくさんおりましたが。


まぁ、ナンというか。
二番煎じ。
この世界観で「OS」という略語を使われると、「オーバーソウル」以外に読めません。
ウィズ・ドラゴンのときもそうでしたが、どうして自社製品よりもはるかに売れた作品のネタをパクりますかね。
まぁ、ウィズ・ドラゴンは設定がそのままドラゴンドライブだったんですが、児童文学としてはおもしろいので構わないんですが。
この作品が、あの大墜落エンディングを迎えたシャーマンキングを換骨奪胎できるのかは……これからの活躍次第。


ところで、第1巻から設定が自己崩壊しているような気がするんですが、読み込み方が足りないんでしょうか。
ユウレイが顕在化したのは阪神大震災以降なのに、大正時代の幽霊とかが出てくるのは何故なのか。オーヴァーシード関係なく幽霊(残留思念でもいいけど)は存在していて、幽霊とユウレイは違うってことなのかな。それとも大正時代のユウレイってのは、操り主の妄想か? いずれにしても、わかりにくいよ。
素直にシャーマンキングしてればいいのに。


など、基本コンセプトや設定面での物足らなさはあるものの、ユエルといいアザゼルといい、最近友野詳が丸くなってきている気がする。
日本語がメチャクチャなのは相変わらずですが。
小説のルナル・ジェネレーション後半あたりから、「これ、このままイったら病院に収監されるんじゃないか」ってぐれいキレまくっていたんですが。
収監されることもなく、地道に本を出し続け。
このごろのユエル、アザゼルのGMっぷりは落ち着いていますし、今回の作品はむしろ薄味感がただようぐらいです(笑)。
このまま、暴走せずに堅実に書いていって欲しいですね。