去年はいい年になるだろう

山本弘の新作。
雑誌みたいな定期刊行の文庫「文蔵」に連載されていた作品。
かつてより噂は耳に入ってきており、作者自身も私小説SFと言及している。


何しろ2001年の日本が舞台、
主人公が、SF作家の山本弘
というのが、たまらなく山本弘ファンの心をくすぐるわけですが。


ようやく単行本に。

去年はいい年になるだろう

去年はいい年になるだろう

うわー……
確かに私小説だ。


ナンというか、赤裸々、というか(笑)。
元々、山本弘はSFマインドが高いと同時に、極めて作者自身の思想がダイレクトに反映された作品を書く人です。*1
それにしても今回は……(笑)


24世紀の未来から、人々を守るために時間遡行してきた存在。
ガーディアン。
彼らは911テロを未然に防ぐ。
数十年以内に破綻する独裁国家を解体、世界中のあらゆる軍隊の武器を破壊・接収。
その全ては、人類を不幸な未来から救うため。
2001年から時間改変されるパラレルワールドを舞台に、SF作家山本弘の身に上に起きる出来事は……。


実在の人物、実在の会社、実際の事情が描かれていることで、ホントに、まさに私小説でありながら。
同じ時代を知る人間としては、最高のパロディとなっている。
未来にあたる規定の出来事を「そんなコトあるわけない」なんてお遊びは、虚実取り混ぜて実にバランスが巧みだと思う。
そして、そんなお遊びだけではなく。
24世紀という未来技術の到来、時間改変という壮大なSF的な出来事を前に、SFやフィクションがどう影響を受けていくか、SFにこだわる「山本弘」の視線で描かれている。
SFや、科学や医療をモチーフとした現代物は完全に死んだ状態になり。
ファンタジーや回顧物*2へフィクションの流れはスイッチしていく。
SFにこだわる「山本弘」はどんどん苦境に立たされていく……。


そしてもちろん、作家の苦悩なんて、そんな地味な話だけでは終わらない。
これでもかとSFなクライマックスが用意されている。
そして、主人公の「僕01」に過酷な出来事も待っているが、それ以降の「僕」には幸福が待っているように示唆されている。
それをハッピーエンドと取るかは、読者次第だが。
去年はいい年になるだろう
このタイトルには、このエピローグへの希望が込められている。
少なくとも、つらく悲惨な物語に終わらなかったのは、作者のみならず、読者には救いだったんじゃないだろうか。


また。
時間改変が始まってすぐと、物語の終盤を締める存在として、グループSNEが登場しており、TRPGファンにも嬉しい。
山本弘」の目から見た、グループSNE創立からの経緯とかも描かれている。
そして何より。
特に、安田均の格好良さったら、ホント、TRPGファンには是が非でも読んで欲しい(笑)。


気がつくとすごい勢いで二周も読んでいた(笑)。
華はない。
……だが、勢いはある。*3
山本弘はどんどん進化していく。
ファンとしては嬉しい限りだ。


ただまぁ……、とりあえず山本弘ファンの本音としては、だ。
たとえ、未来の時間軸から来たものであってもいいから、「宇宙の中心のウェンズデイ」は読みたいぞ!
ってんこと、だよね(笑)。

*1:特にそれを感じるのは、結婚の前後での女性観や家族観。実質的デビュー作の「ラプラスの魔」と本書を読み比べると、本人ならずともちょっと恥ずかしくなっちゃいます(笑)。

*2:日本なら昭和初期、アメリカだと西部劇、など。

*3:気になるのは、前作の「地球移動大作戦」といい、本書「去年はいい年になるだろう」といい、山本弘ファンでないと十全に楽しめないのは、難だとは思うけど。