まだ見ぬ冬の悲しみも

山本弘の最新作。
ハヤカワのJコレクションからである。SFマガジン掲載分が何本かあったわけだけれど、ついにここまで来たって気がするなぁ。
やはり、SF作家としてはハヤカワから出して一人前のような気がするので(笑)。

まだ見ぬ冬の悲しみも (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

まだ見ぬ冬の悲しみも (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

[bk1はこちら]
本作は短編集で、表題作を含む6作が収録。SFマガジン掲載が3つ、SFアドベンチャー、ログアウト別冊が1つずつ。書き下ろしが1作。


「奥歯のスイッチを入れろ」
タイトルからわかるとおりに、加速をテーマとした話。
通常の400倍の加速を可能としたアンドロイドに身をやつした主人公が主人公なのだが、確かにその主人公周りのキャラクターとのやり取りや境遇、戦う意味などはわかる。
また、加速空間での戦闘が、その実は意識に対して大きすぎる慣性や空気抵抗との戦いである、というのは頭では理解できる。ただ、その結果として、華々しい加速装置での戦いが、超低速の戦いになってしまうことは、本末転倒なんじゃないだろうか。
少なくとも、「なるほど」とは思ったが、読んでいて爽快感はない。うーん、僕だけかな。


「バイオシップ・ハンター」
バイオシップによる宇宙船襲撃事件の真相を追うため、バイオシップに乗り込んだジャーナリストの話。
バイオシップを駆るトカゲ型宇宙人イ・ムロッフ族との語彙の少ない銀河標準語での会話、地球人とイ・ムロッフ族との価値観の差異など、山本節全開。
バイオシップや、最終的に登場する天体など、セッティングは魅力的だが、どちらかというとストーリーはわかりやすいパターン。
本作の中では一番、オーソドックスに良い話です。
僕も、プッシャー種族としては、プッシュせねば(それは作品が違う)。


メデューサの呪文」
2005年のSFマガジン読者章を受賞した作品。
情報の遺伝子、文化の遺伝子、模倣子、ミーム。これを突き詰めた「言語文明」を垣間見た詩人の手記。
なるほど、確かに問答無用の良作。
ただ、こういう作品を書くから山本弘は映像化に恵まれないんだよなぁ(笑)。


「まだ見ぬ冬の悲しみも」
表題作。
タイムトラベルが実証され、被験者になった一人の男は、半年前に遡り、一人の女性との関係をやり直したいと考える。
しかし、遡った過去に待っていたのは荒廃し死滅した地球。
何があったのか……
というような要約が裏表紙に書いてあるんですが、実際にタイムトラベルするのはオーラスです(笑)。
えーっと、まぁ、そういうのは理屈じゃないのはわかるんですが、どうしてそこまで彼女に拘るのか、とか、何でフラレたのか、とかがぜんぜんわからないので、主人公に共感できません。
まぁ、ラブロマンスが主題じゃないんで、しょうがないんですけど。


シュレーディンガーのチョコパフェ」
世界は量子の海の中でささやかに確定している(ように観測されている)。だけれど、大量の先進波が放射されれば、この状態は崩れ去り不確定性の雲の状態に戻ってしまう。
山本作品で何度と登場したこの世界の危機ですが、とうとう一人のマッドサイエンティストの仕業で実現してしまいます(笑)。
結果として、一部の意志の強い(この言い方は語弊があるかもしれないけれど)人間が認識しているところだけが秩序を持っていて、それ以外は混沌としている亜夢界になってしまうわけだけれど。
うん、この話は面白い。この世界観も面白い。
だけどやっぱり、この主人公には共感できないよー。
僕はオタクにありがちな「ありのままの自分を受け入れてくれる人が理想の相手」っていう考え方が嫌いなんだ。そりゃ、本質的に理解して尊重しあえるのが一番だけれど、「しあえる」って部分に、自分の何かを捨てたり変えようと努力することが含まれると思っている。
もちろん、する必要がなければそりゃいいことなのかもしれないけれどさ。
何というか、向上心がない関係だなぁ、と思ってしまうわけ。
僕にとってRPGは一番大切なホビーだが、相方がやめて欲しいと願ったら多分やめるだろう。もちろん、多分、そのうちにそれに代わるホビーを見つけ出すと思う。今度は2人で。それは僕にとってアイデンティティを失うことじゃないからだ。
僕にとってはアイデンティティは相方と2人で保っているものだからだ。
あ、そうか。それならいいのか。
僕と、主人公のあいだにはアイデンティティのよりどころが違うだけなのか。結局主人公が選んだのも、彼女じゃなくて「彼女」のような気もするしなぁ。


「闇からの衝動」
ログアウトにゴーストハンターの関連の一片として書かれたもの。
ムーアを主人公にした、怪奇風味たっぷりの名作です。
思えば、まだBBS時代に書評コーナーでこの短編を絶賛した記憶がある。時代は経つものだなぁ……


しかし、こう山本宇宙が並ぶと、ネオ・ヌルの時代に収録されたデビュー前の「太陽を創った男」とか、収録して欲しかったなぁ。
それは欲張りすぎか。